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ゼロの世界

タイトル:
ゼロの世界

プロローグ:
必要なことがあるとすれば、それは偶然で手に入れたものか。
それとも必然で手に入れたものか。
記憶の世界は様々で、手に入れたすべてが正しいとは限らない。

我々が住む世界は、いろいろな人間がいる。
そんな人間たちの多くの考えをメディアは知らせ、
そのメディアにすべて流されている。

反戦国家であるこの国が、なぜ集団的自衛権を持ったのかも正直謎が多い。
そんな国で生きている我々が、どうやって暮らしを育むか。
大勢の生きている人たちの共存と協力により回っていく生きたサイクルがある。

どうしようもない絶望を掲げ、生きることが辛くなり世から消える人々もいる。
そんな人たちに、私たちはどうすればいいか。
そんなことを思う私に、世界は同調してくれるのか。

そんな他愛のないことを考えていた、ある日のこと。

「おはようございます」
「はい、おはようございます」

日常を社会復帰のために過ごす私は、いわゆる障がい者と分別される人間だ。
精神疾患を持っているが、今は社会復帰のために日々就労移行支援施設に通っている。
どんな可能性が自分に眠っているのか。それを探すために通所をしている。

人間がどれだけ生きる上で、覚えなければならない経験があるのか。
それを習いながら生きているが、今だ自分には光明が見えていなかった。
趣味でゲームを作り始め制作していたこともあり、ネットのとあるゲームコンテストで賞を受賞した。

それがどれだけ私を変えたかはわからないが、少なくとも誰かに認められたことは大きかった。
希望があれば生きていられる。
そうやって自分を育てることにした。少しは前よりも軽くなったと思う。
何年か前の自分と比べると、その歴然な差がよく分かった。

最初は、自分はこの世界で生きる場所など無いのだと嘆いていた。
この疾患になってからそれが落ち着き始めたのは、自分の制御が上手くいっているからだと思うし、協力があってこそだと思う。

そうやって暮らしをしていくうちに、色々な変化を感じるようになった。
人は誰かに関わらなければ生きてはいけない。
真実が病気の中にあるのではない。自分の中に決めたルールが真実になる。
変化をしてこそ人が人である真実を見つけ、自分自身の心の叫びと対話する。
それが本当に一番大切な道につながるのだと、私は今信じている。

いたいけな子供が親に頼るように、自分もそんな頼られる立場へと成長しようと思っていた。
だが、実際はそんなことは関係ないのだと知っていく。
自分が自分を成立出来なくてどうするんだ。
というのが、私の今の率直な感想だ。

変わる世界:

自分の認識が大分変わっていくことを感じるのは、それはとても良いことだ。
変革されることを望むのもいいことだ。ただ一つ例外があるとすれば、それは心の問題だった。
私は今、関わるということが苦手だ。

それを理由に、今は滅多に計画通りにできていない。
当初半月で就職を目指していたが、現時点ではそれを妥協している。
こんなことでいいのかと本当に悩む。いいはずはない。

そんな感じに進んでいった自分の人生は、まだまだ中途半端だ。
大人にもなりきれていない。ただ、子供らしいところは一切ないので子どもとも呼べない。
自分が幼い考えの持ち主だということを改めて知る機会が多い。

頑張って頑張って、馬鹿にされるだけ馬鹿にされて、色々なところでバカにされた。
それでも私は諦めなかった。日本語が拙いのだが、それでもゲームコンテストで賞を入賞するまではなんとかなった。生きるしか無いのだろう。それでもこれからの道は、まだ開いている。

そう信じたい。
昔の私は、このゼロの世界で生きていて辛かったろうなと今でも思う。

END
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